大判例

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山口地方裁判所下関支部 昭和23年(ワ)185号 判決

原告 中尾省三 外一名

被告 二神友一

一、主  文

被告は原告両名に対して各金一万円及之に対する昭和二十三年十二月十五日から支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払わなければならない。

原告両名の其の他の請求は棄却する。

訴訟費用は之を八分し其の一を被告の負担とし、其の七を原告両名の負担とする。

二、事  実

原告両名の訴訟代理人は、被告は原告両名に対して各金十万円及之に対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日から支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、其の請求の原因として、被告は事実はそうでないことを十分知つていてか、或は事実を十分に調査すべきにかかわらず、これを調査しないで弁護士小林明政をして、(1) 昭和二十三年三月十九日下関市水上警察署に対して原告両名が機帆船武吉丸を昭和二十二年十月中窃取した旨の告訴状を提出せしめ、(2) 更に昭和二十三年四月二十五日山口地方検察庁下関支部に対して原告両名が右武吉丸を第二日進丸と船舶原簿に不実の記載をさせてこれを備付けさせた船舶法違反の事実がある旨の追完告訴状を提出させて原告両名を告訴した結果、原告両名は昭和二十三年三月二十三日下関簡易裁判所裁判官の逮捕状で逮捕され、次いで同年三月二十五日山口地方裁判所下関支部裁判官の勾留状で山口刑務所下関支所に勾留され、其のため社会上の信用と名誉とは著しく損傷されて銀行取引は停止されて金融の途を杜絶されたので、家業である海運業は麻痺状態に陥つたばかりでなく、原告中尾省三は予てから健康勝れないのに初めて刑務所に収容されたため、驚愕と恐怖に襲われて三回も喀血し肺浸潤と診断されたため、一週間位で釈放されたが、原告中尾敬三は其れ以来同年七月二十六日保釈釈放される迄四ケ月間以上勾留され、其の間、原告両名は、同年四月二十三日窃盗罪の嫌疑で、次で同年五月十日船舶法違反罪の嫌疑でいずれも山口地方裁判所下関支部に起訴され、同裁判所において同年四月二十七日の第一回公判から同年十一月十六日の第十七回公判迄前後十七回開廷して証拠調をする等慎重審理の結果、同年十一月十六日同裁判所から右両罪については犯罪の証明が不十分との理由で無罪の言渡を受け、この判決は同年十一月二十四日確定するに至つたが、前述の信用名誉の損傷並犯罪の証明嫌疑もないのに前述のように長期間の勾留、起訴、公判審理のため其の精神上に甚大な苦痛を受けた。それで被告は故意又は過失に因る不法行為者として原告両名に対して其の各精神上の苦痛に対する相当の慰藉料を支払うべき義務がある。ところで原告両名は共に海運業を営み、財産としては原告中尾省三は金三百万円、原告中尾敬三は金十万円を所有し、教育程度は共に中学校卒業であるし、被告は潜水業を営み、資本金二十万円の東神海事工業株式会社の社長をし、財産として金三十万円を所有し、教育程度は高等小学校卒業である等との事情と前述の不法行為の態様程度を綜合すると、右慰藉料は各金五十万円を相当とする。そこで、原告両名は右故意又は過失に因る不法行為を原因として被告に対して、右各慰藉料金五十万円中各金十万円と之に対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日から支払済に至る迄各年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるために本訴に及んだ。と述べた。

被告の訴訟代理人は、原告両名の請求を棄却する。との判決を求め、答弁として、原告両名の主張事実の中、被告が弁護士小林明政をして原告両名主張のように原告両名をそれぞれ告訴したこと、其の結果原告両名が、其の主張のように逮捕勾留されたこと、原告中尾敬三が其の主張の期間勾留された後保釈釈放されたこと、原告両名が其の主張のように起訴され、其の主張のような経緯で無罪となつてこの判決が確定したこと、原告両名が共に海運業を営んでいること、被告が東神海事工業株式会社(資本金十九万六千円)の社長であつたこと、及被告の教育程度が原告両名主張のようであることはいずれも認めるが、其の他の主張事実は全部否認する。即ち、(一)被告は原告両名の行為が犯罪を構成すると確信して前述のように捜査官に告訴したところ、検察官も亦右告訴の通りに十分犯罪を構成すると思料して前述のように起訴したが、遂に無罪となつたのであつて、被告は刑事訴訟法の規定に基いて適法行為をしたのであるから故意も過失もないし、従て何等不法行為にはならない。(二)それ故たとえ原告両名が精神上苦痛を受けたとしても被告は慰藉料を支払うべき義務はない。(三)又被告は現在無職無資産であつて原告両名主張の会社は既に解散している。以上の理由によつて原告両名の本訴請求には応じられない。と述べた。

<立証省略>

三、理  由

よつて按ずるに被告が弁護士小林明政をして原告両名主張のように原告両名をそれぞれ告訴したこと、其の結果原告両名が其の主張のように逮捕勾留されたこと、及原告両名が其の主張のように起訴され其の主張のような経緯で無罪となつてこの判決が確定したことはいずれも当事者間に争がない。

ところで、原告両名は被告が事実はそうでないことを十分知つていて敢て告訴したと主張するが、成立に争のない甲号各証の記載並原告両名本人の各供述によつてもこれは認められないし、他にこれを認められる証拠がないからこの主張は採用しない。

しかし、他人を告訴しようとする者は十分に其の状況事情等を調査して犯罪の成立を確信した上でなければ軽々に告訴すべきではない注意義務を有することは告訴権という公権を私人に認めた制度の立法理由から当然に推定できる。ところが、成立に争のない乙第二号証の二、三の記載によると、被告は其の不在中其の長男二神一男が機帆船武吉丸を原告両名に売買する契約をした事情について単に右二神一男からのみ聞取り原告両名其の他の関係者について調査しないで直に窃盗罪と推測して告訴したこと、及原告両名が右武吉丸について船舶原簿に不実の記載をさせてこれを備付けさせたとの事実についてはこれといつた調査をしなかつたことを認められ、被告の提出する全証拠によつても右認定を覆すことができず、他にこれを覆し得る証拠はない。そうすると、被告は前述の注意義務を尽さなかつたものと認めないわけにゆかない。従て被告にはこの点について過失があつたものといわなければならない。

ところで、原告中尾省三並原告中尾敬三本人の各供述によると原告中尾省三は前述のように勾留せられたが、肺結核の病勢がつのつたので二、三日間勾留された後釈放され、直に下関市長府町の肺結核療養所光凡園に入院して一ケ月間位同所で療養を受けたことを認められ、他に右認定を覆すことができる証拠はないし、原告中尾敬三が其の主張の期間勾留された後保釈釈放されたことは当事者間に争がないから原告両名は被告の前述の告訴に基く長期間の勾留、起訴、公判審理のために其の名誉並信用を侵害せられ、其の精神上に甚大な苦痛を受けたことは自明の理といわなければならない。

そうすると、被告の前訴の告訴行為は過失に因る不法行為を構成し、従て原告両名に対して其の精神上の苦痛に対する相当の慰藉料を支払うべき義務がある。

そこで右相当の慰藉料の額について審究すると、当事者間争のない原告両名が共に海運業を営んでいること、原告中尾敬三本人の供述によつて認められる原告中尾省三は財産として約金三百万円の不動産と約金一千万円の動産を所有し、教育程度は大阪北野中学校四年中途であり、原告中尾敬三は財産として約金百万円を所有し、教育程度は上海東亜同文書院卒業であること、当事者間争ない。被告が東神海事工業株式会社(資本金約二十万円)の社長で教育程度は高等小学校卒業であることに前述の不法行為の態様等を綜合すると、原告両名の慰藉料は各金一万円を相当と認める。

それで被告は原告両名に対して各金一万円と之に対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日であることが、本件記録中の送達報告書の記載並算暦上明かな昭和二十三年十二月十五日から支払済に至る迄各年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

そこで、原告両名の本訴請求は右認定の範囲内において正当であるからこれを認容し、其の他の部分は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、第九十三条第一項本文を適用して主文のように判決する。

(裁判官 三好昇)

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